【戸山高校・卒業30周年ホームカミングの記録①

細い縁から、公式ホームカミングへ】
1996年に戸山高校を卒業して、今年で30年。
今年の2〜3月ごろ、3年H組では「卒業30周年だし、またみんなで集まろう」という話が出ていました。当初は、クラス単位で開く私的な同窓会のつもりでした。4月にはLINEのオープンチャットにも人が集まり始めていました。
卒業10周年の2006年ごろにも、学年で同窓会を開きました。会場は目黒雅叙園。卒業当時の名簿を見ながら幹事が電話をかけて仲間を集め、たしか120〜150人ほどが参加したはずです。最初は会費を上乗せして儲けよう、なんて冗談もあったけれど、結局は真面目に準備して普通の同窓会が開催されましたw
今回も、クラス仲間が幹事になって会を開こうと動き始めたところへ、戸山高校の同窓会組織「城北会」が卒業30周年の公式ホームカミングを企画している、という話が届きました。ところが、引き受ける人がなかなか見つからず、開催が難しい状況だったそうです。
その話が届いた経路は、アメフト部の同期からクラスの仲間、その家族へとつながる、ずいぶん細い縁でした。最初から大きな計画があったわけでも、誰かが全体を動かしていたわけでもない。いくつかの縁をたどった先で、クラスの幹事と城北会がつながったんです。
そこで僕は、「せっかく卒業30周年で公式行事としてできるなら、やったらいいじゃない」と思いました。
クラスだけで集まる会もいい、また私的に他のクラスにも広がったらいい。でも、学校と城北会が関わる公式行事としてできるなら、学年全体に声をかけられる。会場に来られる人だけでなく、卒業してから一度も連絡を取っていない人にも、30周年の機会を知らせられる。せっかくなら、そちらの方が面白いんじゃないか。
6〜7月ごろには、3年G・H・I組などを中心に約10人の幹事チームができました。城北会とのオンライン打ち合わせも始まり、開催日は当初の10月10日から17日に変更。私的な同窓会の話が、公式ホームカミングとして動き出しました。
卒業40周年の学年が、戸山高校全体の懇親総会を担当する仕組みもあるそうです。そうすると、10年後には僕たちの学年が幹事を務める番。今回のホームカミングは、30年ぶりに集まる日であると同時に、その先につながる機会でもありました。
ただし、公式行事にすると決めたら、次は「どうやって人を集めるのか」という問題が出てきます。
学年の卒業生は372人。城北会から提供された名簿は基本的に卒業当時のものです。住所や電話番号は古くなり、連絡先のわからない人も多い。僕自身の住所も、学生寮にいたころのままでした。
前年のホームカミングは146人が参加していたので、それを超えたいという気持ちはありました。でも、参加者数だけが目的ではありません。仕事や家庭の事情で来られない人もいるし、再会に気が進まない人もいる。まずは、出席できるかどうかにかかわらず、できる限り学年全員に知らせたい。そこが大事だと思っていました。
僕が集客を引き受けようと思った理由はいくつかあります。公式行事を実現しようと熱心に動いてくれている城北会の事務局の人たちに応えたかった。30年ぶりに同級生とつながり直すことが、八丈島や自分の仕事にも新しい縁を運んでくれるかもしれない。そして、30年前の名簿を確認して更新できれば、城北会にとっても役に立つ情報として残せる。
生きてること自体が、すべて営業みたいなところがあるからねw人と会って話して、動いてみる。そこから何か始まるかもしれない。
じゃあ、約372人にどうやって知らせるのか。まずは名簿を見ながら電話をかけてみることになりました。


