いまなぜ高校が変わるのか@市ヶ谷

NPO学校支援協議会が主催した
「いまなぜ高校が変わるのか
 大学入試改革の真のねらいを問う」
に参加してきました。
https://www.ss-c.org/sympo/

開成の柳沢校長、
早稲田の鎌田総長、
東工大の三島学長、
に興味を持って
聞いてきました。

柳沢校長は、
グローバル開成会をつくるなど、
進学実績トップの学校にあってなお、
変わり続ける学校運営に魅力を感じています。

東大・ハーバードで
教鞭をふるったのは
伊達じゃないですね。

鎌田総長は、
教育再生実行会議の座長として、
3年前くらいからいろいろな所に露出し、
かつ、
早稲田大学の改革や、
SGHとなった早高院や、
内部進学にTOEFLを導入した早実の、
「大ボス」wとして、
注目していました。

三島学長は、
先日、別のセミナーで、
井上アドミッションセンター長と
話す機会があり、
「三島学長の力が大きい」
と今年の東工大改革への
尽力を聞いたのが
興味を持ったきっかけです。

東工大は、
センターの足切りをやめて、
基準点、
という考え方を
今年から導入します。

時間に遅れていくと、
柳沢校長の、
公開アクティブラーニング授業、
が展開してました。

かえつ、
広尾、
明星、
武蔵REDプログラム、
大妻、
から生徒が出席し、
実際に伝染病を基にした、
公開授業でした。

個人的にだけみると、

どんどん発言をして、
促して、
考えさせて、

みていて楽しいですが、
これくらいが普通なのでは?
とも思いました。

今の子たちは、
マイケルサンデルさんの授業や、
TEDなどでいくらでも、

話し手と聞き手が絡む授業スタイルに、
慣れているというか、
それが普通に、

なっているのではないでしょうか。

いまだに黒板使って、
先生が板書して、
生徒がノートとって、

なんていう授業をやってる学校は、

あるんでしょうか??

その学校が私立だとしたら、
なんのための学費なんでしょうか。

私のお客様は少なくとも、
こうしたことが当然だと思っている方ばかりなので、

旧態依然とした学校・授業なんて、
お金を払う選択肢に
全く入っていません。

今の親・お客様は、
学校が思っている以上に
シビアに、情報を集めて、
選択しています。

どこぞのデザイナーが、
パクったパクってないとやってますが、
悪いことはすぐに広まりますよね、
ネットの力で。

フェイスブックで国が転覆したり、
クーデターが起きるくらいの時代に、

先生から生徒に何かを教え込む、
なんてスタイルは、
今の時点でもやっていては、
ダメでしょう。

モンゴルの高校生が、
スマホでMOOCを受講して、
レポートを提出したら、
奨学金をもらってMITに入学してしまう、
そんな時代です。

柳沢先生の力量が素晴らしいのは前提ですが、
それよりも、
いまだに「先生然」とした授業をやっている学校は、
親やこの将来を、
どのように考えているのだろうか、

と思いながら聴いていました。

あの会場にいた先生たち、学校では、
もうそんなことはやっていない、
と信じたいです。

大妻学院の理事と、
三菱商事の役員を加えた、
パネルディスカッションは、
2時間を超えるものになりました。

が、
こちらも特段新しい話があったようには、
聞こえませんでした。

ある出版社の編集者さんと同席したのですが、

「今回ってレベル高いんですか?」
「こういうの初めて出たんですが、
 いつもこんな感じですか?」

と、
問題提起も、
結論もない議論・話しあいに、

かなりつまらなそうでしたw

もう1人同席した会社経営者は、

「質問に応えてもいないし、
 応えてないのに進行するし」

とずっと苦笑いでしたw

いわゆる学校や塾の関係者ではない人たちが、
こういう感想を述べる会というは、

それはそれで教育業界の問題点だな、
というのが率直な実感です。

学校も塾も閉じられた世界で、
一般の社会とはかなりずれていると、
以前から感じていますが、

今回のシンポジウムは
これから先の時代を見据えて、
何が変わるのか、
何をやっていけばいいのか、

そういったことに関して、
前進的な人たちが集まった場、
であると思います。

それでも、
外の人から見ると、
「なんだかまとまりがない」
といった印象を残すだけになっているのは、

教育業界全体が
もっともっと変化する必要性がある
と力が入りました。

実は1人、
私のお客様も呼んでいたのですが、
都合が悪く欠席となりました。

普通の、
小学生のお子さんを持つお母さまでした。

その方が参加していたら、
また違った見方をしていたかもしれません。

「やっぱりこういう場では、
 活発な議論が繰り広げられているのですね」

という風に。

でも改めて考えてみると、
そうかな??

そのお母さんも、
編集者さんと経営者さんと同様、

「あまりに参考にならなかった」

と言いそうな気がしてなりません。

改革の中身が確定してないから、
具体的なことがみえてこないから、

という前提はあるものの、
それでもなお、

どういうことを考えて
学校は変わるのか、
塾は変わるのか、
どうしていくべきなのか、

といったことが、
予測的なレベルでもいいから、
発展していってほしかったのが、

個人の感想です。

鎌田総長も、
三島学長も、

なんとなく歯切れが悪かったように
思えるのは、

やはり立場があったり、
不確定なことに対して発言しづらい、

というところがあったのでしょうか。

大妻の理事は、
「具体的なことがみえないから
 準備ができない」

と仰ってましたが、
それって結局、

大学合格実績をつくれない、

という意味だったんでしょうか。

改革に関して
具体的なことがみえるかどうかではなく、

社会にとって、
親・子にとって、
将来役に立つであろう教育を施すことが、

学校が、
特に私立の学校が、
お金を取ってまで親・子を通わせる

義務ではないのでしょうか。

そうでないなら、
公立で充分だと私は思います。

先が見えないから
やることがわからないなんて、

まるで今の大学入試のような、
1つの正解を求めている証拠でしょう。

また、

人物重視の試験だと、
「面接官の好き嫌いで人生が決まってしまう」
とか、
「その日その人次第で結果が変わってしまう」
とか、あげくには、
「英語ができて、アピール上手の帰国子女ばかりが
 合格を掴み取ってしまうんじゃないか、
 一般の会社でもそういう人いますけど」
なんてことも仰ってましたが、

それが何か問題あるのでしょうか??

人生の中で、
試験で判別されることのほうが少ないわけで、

基本的に世の中すべて、
感情、好き嫌いが前提で進んでいると思います。

就職試験で面接官とウマがあって
入社するなら、
それでいいじゃないですか。

大学受験で面接官とウマがあって
入学するなら、
いいじゃないですかそれで。

合わないところに、
入社・入学することないですよね。

なんだか、
「正解」「いい道」「いい人生」
といった固定観念がたくさん浮かんでくる発言に、

結構イライラしてました。
>のを思い出して思わず書き綴ってしまいました。

期待していたのは、
もっともっと熱い話し合いというか、
いろんな可能性を示したりとか、

なにかこう、
盛り上がりに欠けた2時間だったなぁ、
というのがやはりいまでも

浮かんでくる所感です。

以前ならこんな会自体もなかったわけだから、
これはこれでいいんだろう、

と自分を納得はさせてます。

自分はよくいろいろ知ってるな、
と自信を深めることにもなりました。

ただ、
同席した、
業界関係者ではない人たちが抱いた感想は、
教育業界の人間としては、

気にしておかなくてはな行けない発言、

でしたね。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です